6月といえば、梅雨。実際にはその年と地域で梅雨の期間は異なり、実は7月中の梅雨の期間の方が長いことも少なくないのですが、イメージが強いのはやはり6月です。
気温と湿度が共に高まるこの季節、和菓子の世界では、葛や寒天など夏の素材のお菓子が登場し始めます。けれど、色彩などはまだ夏のそれとは違い、しっとりとして控えめ。
梅雨の期間が1ヶ月程度と限られているだけに、季節感を逃さず味わいたい。そんな6月のお菓子を紹介します。
若鮎
香魚と呼ばれ、和食では夏の素材の代表の鮎。お食事では7月頃が旬かも知れませんが、全国鮎養殖漁業組合連合会の定めた鮎の日は6月1日。この日に鮎漁解禁の地域や河川が多いことが理由のようです。
そんな鮎を形どったお菓子が「若鮎」。
小麦粉と卵を使った生地を、細長く楕円に近い形に焼き、そこに餡を挟んで二つ折りに。折り目が鮎の背にあたるので、折り目が向こう側になるようにして、焼き印で目やえらを描きます。
置き方は、食事と同じで左に頭、右に尾。お店によっては、右側を細くなるように織り込み、尾びれにかけてのすっとした形を表すなど、織り方の工夫を観察するのも面白いものです。
中身も、餡と共に求肥を入れるなど、工夫をしているお店も。
一般的な主菓子に比べると大ぶりなものも多く、また、かしこまった茶席などではあまり見られないかも知れません。
しかし、可愛く、食べ応えがあり、ふんわりと優しい味わいが子どもにも好まれ、召し上がる方の好みを選ばないお菓子。比較的日保ちするものも多いので、手土産にも向いています。
青梅
梅雨の由来は梅の時季に降る雨。6月に入ると梅の実が収穫の季節を迎えます。梅酒などを仕込む「梅しごと」をするのもこの時季のこと。青から黄色へと熟して色を変えていく梅の実、お菓子の意匠として愛されるのは、まだ熟す前の青い梅です。
実際の青梅は食べることはできませんが、みずみずしく爽やかな見た目や香りを、お菓子で表現したくなる気持ちはよく分かる気がしますね。
薄緑色にそめた求肥や外郎の生地で白餡をくるみ、筋を入れたりくぼみをつけたりして、本物の青梅のように形作ります。
餡が白餡なのは、生地の色を邪魔しないため。その白餡に梅の風味を付けたり、果肉を混ぜたりして、味と香りでも梅を感じさせるものも多く見られます。
といっても、ほんのり爽やかさを感じさせる程度なので、酸味が苦手な方でも大丈夫。
素材となる物をそのままに模すことはせず、遠回しな表現を好むこともある和菓子の世界、ここまで見た目、大きさ、風味共に本物に近く作るお菓子は珍しいといえるでしょう。
お店によっては5月から作り始めることもある「青梅」、季節感は早めを心がける茶道の席で使うなら、6月前半くらいまでがおすすめです。
紫陽花、よひら
梅雨を代表する意匠といえば、紫陽花の花。正式にはガクアジサイといい、青や紫や白の、花に見える部分は萼(ガク)で、その真ん中にある小さな粒のようなものが花です。
季節の花の中でも使える期間が短く、それだけに強く季節を感じさせる意匠ですね。
そんな紫陽花の花(本当は萼)の集まりを、青や紫の寒天で模したのがその名の通り「紫陽花」。
紫陽花は萼が4枚であることから「よひら」の異名もあり、和菓子の世界ではこの「よひら」を菓銘にすることもしばしば見受けられます。
丸めた白餡に、数ミリ四方のさいの目切り(立方体)にした寒天をこぼれそうなほどにつけたお菓子です。
手鞠のような形から手鞠花とも呼ばれる紫陽花を見事に表現していますね。寒天は複数色のものを用意して不規則につけるところも、紫陽花の花らしさにつながっています。
実際の紫陽花はマットな質感ですが、寒天のキラキラしたさまが涼しげで、じめじめとした季節の過ごしにくさを忘れさせてくれるお菓子です。
紫陽花は比較的身近なところで見られる植物、もしも手に入れることができれば、紫陽花の葉を添えて出すとおしゃれです。
水無月
6月30日は夏越しの祓(なごしのはらえ)の日。平安時代の宮中にまで遡ることができる行事です。
現在でも、神社で茅の輪をくぐったり、形代(かたしろ)を川に流したりして、それまでの半年間の穢れを落とし、厄を祓って、残り半年を無事に過ごせるように祈ります。
そんな夏越しの祓の日にいただくお菓子が「水無月」。その名の通り、6月を代表するお菓子です。
外郎生地の上に小豆を散らして、三角形(直角二等辺三角形)に切った水無月。どこも大きな違いがないように思われがちですが、お店によっては、生地が葛製だったり、黒糖を使っていて風味豊かであったり、また、小豆の量も生地が見えない程に敷き詰めてあったりと、実は違いのあるもの。筆者は、葛生地を使ったものが、みずみずしくて好きです。
夏越しの祓に小麦で作った餅を食べる習慣は、室町時代にはあったことが分かっています。それが現在の形の水無月になったのは昭和の時代のこと。
京都の和菓子屋さんが、毎年6月30日に暑気払いのおまじないとして市民がいただくように、と作り出したとか。夏越しの祓にも、水無月のルーツにも長い歴史はあるのですが、私たちの知る水無月は、実はバレンタインデーのチョコレートと同じく、お菓子業界(和菓子業界)が広めたものだったというわけです。
夏越しの祓えは6月30日ですが、水無月は6月半ばからお店に並び始めます。